スタッフのコラム

「○○に強い弁護士」(弁護士村上英樹)

 私が弁護士登録をしてもうすぐ16年となります。

 私が登録したばかりの頃と随分変わったのは、弁護士の広告・広報の在り方です。

 元々は弁護士の広告は禁止されていましたし、今のように、

「交通事故に強い弁護士」「相続に強い弁護士」

というような宣伝をするという発想さえありませんでした。

 「自分で○○に強い、なんていうのはなんだかなあ」と思っていたからです。(今の時代はそれじゃダメ、と付き合いのある広告・広報のプロには言われます。)

  16年前だったら、実際、ある分野(例えば相続案件としましょう)に本当に強い弁護士に「あなたは相続に強いですか?」などと質問したとしても、「別に、普通ー。」という無愛想な答えが返ってくる時代でした。

 他の分野でも、例えば、イチロー選手に「あなたは左投手に強いですか?」なんて尋ねたらどう答えるでしょうか。

 たぶん、ムッとした顔で、「別に。まあ、少なくとも、弱いとは思わないけど。」くらいの答えが返ってくる気がします。

 それに、日々仕事をしていると、経験も増えていきますし、ノウハウも積み上がってくるのですが、ただ、仕事をする張本人としては、それを活かしているのが「強い」などという意識がなく、「当たり前のこと」「やるべきこと」をやっているだけ、としか思えません。

 また、自分が「強い」という気持ちなどは慢心のもとですから、「足らざるところがあるはず」と思って日々新しい知識やノウハウ、違った物の見方などの習得に努めようと思います。

 ですので、やっぱり、

「自分で『○○に強い』というのには抵抗がある。」

と今でも私は思ってしまいます。

 ところが、最近、「そんなことばかり言ってもいられないなあ」と思う出来事がありました。

 弁護士ドットコムニュースから取材協力を求められた際、あるテーマ(セクハラ)について、より専門的な識見のある弁護士の書いたもの等を参照しようと、検索をかけたことがありました。

 実は、私は職業柄、セクハラ問題については詳しく識見の高い弁護士を何人か知っていて、○○弁護士や▲▲弁護士の書いたものを読んで参考にしようと思って検索したのでした。

 しかし、このとき、個人名を入れず「セクハラ」「弁護士」くらいで検索をしたところ、お目当ての○○弁護士や▲▲弁護士は全然出てこないではありませんか。代わりに上位に出てきた弁護士は、私から見たところ、セクハラ問題に詳しいのかどうかは不明、としか言えない感じでした。

 このとき、私は、

「セクハラ問題に本当に詳しい弁護士(○○弁護士、▲▲弁護士)こそ、『セクハラに強い』で上位に出てきてくれよ!」

と思いました。

 つまり、利用者にとっての利便性、分かりやすさ、そのための広報はやっぱり必要だな、ということ。

 「自分で『○○に強い』なんて言うのはなんだか。」という職人気質。また、「自分はまだまだ」と思って研鑽に努める向上心。

 これらはとっても大切なのですが、しかし、一方、本当に役に立つ存在なら、ちゃんとそれを必要とする人に

「私がここにいますよ。」

というメッセージが届くような広報(広告)も必要だ、と思います。

 「発信すること」も大切にして、弁護士業をやっていきたいと思う次第です。

                                           弁護士 村上英樹

 (2/2一部加筆しました)