スタッフのコラム

学校における法律問題(弁護士 村上英樹)

 学校における、いじめ問題、体罰問題について、ニュースになっています。
 生徒が苦しんで自殺に追い込まれる程の状態があるのですから、そんな状態が学校現場に残っていることは異常と言えると思いますし、法の精神に反しているはずです。

 私の個人ブログでは、

いじめと学校、教師の責任 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2012-07-11 判例中心です。

体罰と法 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2013-01-09 学校教育法、文科省指針、判例です。

で、簡単な解説をしています。

 関心のある方は、法律や裁判例の立場を上のブログ記事で見て頂ければ、と思います。

 これらの問題解決については、色んな立場の人が色んなアプローチをして解決しようと考えています。例を挙げると、

1 学校における人的体制
   いじめなどに対応する教員の配置、スクールカウンセラー(心理カウンセラー)など

2 教育内容
   命の大切さを考えることを重視すること(道徳教育の充実)

などが代表でしょう。
 
 私個人としては、上記1,2だけでは足りず、

3 現場がオープンに、「現状では十分な対応ができない」という声を上げられる状態にすること
   つまり、いじめなどが「あってはならない」とか「あるはずがない」という考えは間違いの元。
   集団があるところにいじめの芽は発生しやすいという現実をちゃんと見て、それに対応する。
   今の学校の状態では対策が十分できないのならば、人員の充実などを、たとえば、学校から教育委員会に対して要求できる(要求しやすい)ような体制にする。
   万一事故があったときでも、まずは事実をオープンにして、現実を直視して対応する。

4 転校、退学、休学などの場合でも、できるだけ「後ろめたく」ない状態でおられるよう配慮すること
   上2で述べた「道徳教育の充実」は基本的には必要ですが、方向性によっては危険な要素もあります。
   「ちゃんと学校に来なさい」「集団の規律に合わないことをやめなさい」ということばかりを強調すると、いじめなどによって精神的に苦しんでいる生徒が、逃げ場がないと思い込んで、最悪の事態に至るということに結びつきかねません。
   本当にしんどいときは、逃げ場はある、命があることが大切だ、ということを生徒の周りの人が伝えてあげる必要があります。
   人それぞれの多様性を互いに認めよう、ということが本当の「道徳教育の充実」の一内容だと思います。

5 できるだけ、集団が固定しにくいような教育現場にすること
   いつも同じ教室で同じメンバーで授業を受ける小中高と比べて、毎講義ごとに教室もメンバーも替わる大学では深刻ないじめの数は極端に減っています。ですが、社会人になって、毎日同じメンバーで同じ場所で仕事をするようになるとまたいじめは多くなります。
   密閉された空間で同じ人たちと接していると、ついつい視野も狭くなり、ある特定の人のこと(特に、自分にとって不快に思うところ)がどうしても気になってしまうことがあります。
   できるだけ、仕組みからして、いじめが深刻になりにくい状態を工夫したほうがいい、と思います。
   現在の小中高の在り方からすると、急に変えるのはむずかしいでしょうが、たとえば、
(1) 教育カリキュラム自体を、教室にとどまるだけではなくて、色んな場所を使って、生徒の選択の余地も増やして行えるものを増やすこと
(2) 教室の中でも、飽き飽きしてこないように、班などのグループ分けをある程度積極的に変更していくこと
などが考えられます。(教育現場の経験のある方はもっといい方法をたくさん思いつくのではないか、と思われます。)

 色んな知恵、色んなアプローチを結集させて、子供たちの学びの場をよりよいものにしていくのが、私たち大人の責任だと思っています。
                                        弁護士 村上英樹